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<特別対談>勝てない新電力に足りないモノ

「日経エネルギーNext経営塾」の講師陣が明かす新電力の課題とは

山根 小雪=日経エネルギーNext2018/08/22 04:00 1/3ページ

 電力全面自由化から2年。新電力にとって厳しい事業環境が続いている。事業継続が危ぶまれるほどの苦境に追い込まれている新電力も少なくない。だが一方で、苦しい中でも売上高を数百億円単位で伸ばしたところもある。この差は何から生まれるのだろうか。新電力の経営人材を育成する「日経エネルギーNext経営塾」の講師3人に、苦境にあえぐ新電力に共通する課題を語ってもらった。

厳しい事業環境でも成長している新電力と苦境にあえぐ新電力。その差はどこにある?

日経エネルギーNext経営塾の講師陣(写真:的野弘路)

村谷法務行政書士事務所・村谷敬所長:需給管理を中心に新電力のコンサルティングを手がけています。これまでに70~80社の新電力を見てきて感じるのは、「販売電力量ランキングは当てにならない」ということ。事業の巧拙は、事業規模ではなく、経験年数によるところが大きいなと。

ビジネスデザイン研究所久保欣也社長:東京電力出身で、今は新電力の設立支援などを手がけています。確かに、新電力の人は、電気事業をやろうとしているのに、ルールを知らない人が多すぎますよね。例えば、電気事業法。読んだことがない人が多過ぎます。絶版になっていますが、「電気事業法の解説」(経済産業調査会)は読んでおかなければならない必読書です。

 電気事業法だけじゃない。電力広域的運営推進機関の「スイッチング支援システム取扱マニュアル」も読んでいない新電力が多い。自社の顧客を増やすには、スイッチングが必須。それなのに、スイッチング時の契約方式すら理解していない。知らないことが理由で、逆ザヤになってしまっている新電力もいるくらいです。電気事業は規制領域ですから、制度を知らないと話になりません。

I.T.I柏崎和久社長:経済産業省の「電力小売り営業の指針」(小売りガイドライン)を読んだことない人も多い。今春まで新電力エフビットコミュニケーションズ(京都府)の社長をしていたんですが、エフビットはそれまで通信が本業で、電気事業は全くのド素人からのスタートでした。

柏崎和久(かしわざき・かずひさ)氏 I.T.I代表取締役社長、エフビットコミュニケーションズ前社長、技術士(経営工学部門)

中央大学理工学部電気電子工学科卒業後、関電工に入社。バイオマス発電ベンチャー、大型蓄電池ベンチャーを経て、日本電気株式会社(NEC)へ。2017年4月に新電力エフビットコミュニケーション社長に就任。わずか1年でエフビットの売上高を倍増、利益率を大幅に向上させた。その経営手腕が買われ、2018年3月に退任後、電力ビジネスにかかわる複数企業でアドバイザーを務める。(写真:的野弘路)

 ただ、周りを見渡すとそんな会社ばっかりでしたよ。みんなルールを知らない。知らないから営業力に走ってしまう。需給管理に至っては、あぶなっかしいやり方になりがちです。それでも儲かっている間はいいけれど、昨冬の日本卸電力取引所(JEPX)の価格高騰で「勉強しないとマズイ」と感じた新電力は多かったんじゃないでしょうか。

久保氏:例えば、燃料費調整額がマイナス4円の時、ある新電力の人が「燃調がマイナスだからきつい」と言っていました。燃料費調整額がマイナスになれば、大手電力会社との価格競争では有利に働きます。追い風なのに、気づいていない。燃料費調整額が上がったら、新電力は吹きとんでしまうかもしれないのですが、誤解したままです。

なぜ新電力は学ばないのか

村谷氏:全面自由化前は、電気事業は素人とはいっても、事業に携わっている人の多くが電気主任技術士とかエネルギー管理士とかの有資格者でした。ところが今では、電気の「で」の字も知らない、本当の素人が多いですよね。

柏崎氏:電気事業には精通している大手電力会社も、新電力事業のことは知らない。大手電力の人は需給管理をやったことがないですから。大手電力の方にお越しいただいて需給管理などの研修をやったことがありますが、とても好評でした。

久保氏:私は2007年に東京電力に入社して、東日本大震災の前に辞めました。東電の新入社員研修のことを思い出すと、エネットやエネサーブを知っていたのは300人中3人しかいませんでした。

柏崎氏:どうして新電力は学ばないのか、その理由を考えていました。私がたどり着いた結論は、新電力は大手電力会社へのリスペクトが足りてないということ。だって、JEPXから電源が調達できるのだって、大手電力がいるからです。大手電力の存在なしに、新電力のビジネスは成り立たない。

久保氏:ルールに加えて、電気の歴史も知らなすぎると感じています。

村谷氏:松永安左エ門を知らない人が電気事業をやったらダメですよね(笑)。電気事業の歴史には、示唆がたくさんあると思います。

久保氏:今はネットで検索すればすぐに資料が見つかりますが、東日本震災前までは本当に資料がなくて、新電力への参入障壁は高かったですよね。村谷さんは、どこで電気事業を勉強したのですか?

久保欣也(くぼ・きんや)氏 ビジネスデザイン研究所(BDL)社長

東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻修了後、東京電力に入社。東電では事業開発部にて新規事業の事業化やM&Aに従事した。その後、ドリームンキュベータにて、全社的な事業拡大戦略の策定支援、技術分野での新事業開発の立案や実行支援を行った。2015年11月にビジネスデザイン研究所を設立。電力分野では新規事業の立ち上げや新電力の経営視点を手がけている。(写真:的野弘路)

村谷氏:太陽光発電補助金がきっかけでした。行政書士をしていた時、高齢の顧客の元に悪質な業者が太陽光発電を売りに来たんです。これは理論武装しないといけない、と。地元の経済局に足を運んだりして勉強しました。そうしたら面白くなってしまって。その後、エナリスに入社し、需給管理業務を手がけるようになりました。2010年頃ですね。

 久保さんの言う通り、当時は今のように資料が豊富ではなかったので、託送供給約款を読んだり、東電のIR資料を読んだりしました。東電の事業計画をさかのぼって読んでいったら、「一般家庭の自由化は2200年までない」と断じてあったり(笑)。電力会社のネットワークサービスセンターに質問することも多かったですね。すると、「この本を読んでください」と教えてもらえたりしました。勉強するという意味では、逆に良かったのかもしれませんね。

柏崎氏:よく勉強もしないで新電力事業に乗り込んだ人が多い理由は、メガソーラー事業がバブルだったからだと思います。太陽光発電所を所有したことで、「俺は電力会社だ」と勘違いしてしまった。それこそ「発電所を持っているのだから大手電力と対抗しても良いんだ」と。

 こういうマインドで新電力を始めるから、どうしても勉強不足になります。もっと勉強しないといけないし、だからこそ魅力的な業界にしていかないといけない。

新電力はビジネスモデル次第で儲かる

久保氏:電力が通信に似ていると思うのは、ビジネスモデル型の事業であること。電力の場合、50年前に電気料金と電気事業法などの制度を作った人の功績です。それこそ寝ていても儲かるビジネスモデルを作ったわけです。

 新電力もビジネスモデルを作ったら、規模を大きくするのは大変かもしれませんが、すぐに儲かります。やりようによっては、事業規模も大きくできる。夢のある事業だなと思います。

村谷氏:それは同感です。新電力は2年頑張ったら売上高100億円、200億円が不可能ではない。夢がありますよね。もっといろいろな企業にビジネスとして参入してほしいです。

村谷敬(むらたに・たかし)氏 村谷法務行政書士事務所所長、環境エネルギー技術研究所上級研究員

成蹊大学法学部法律学科卒。エナリス、エプコと電力自由化業界での経験を基礎に、電力ビジネスのコンサルティングを行う。これまでに約120社の小売電気事業者のビジネスに携わり、2011年以降では32社のプロジェクトを手がける。地方創生の一環としての電気事業立ち上げにも習熟。北海道から沖縄まで縦横無尽に活動する。(写真:的野弘路)

 ただ、100億円、200億円の次をどうするかが問題。これまで、こういう金額のビジネスをやったことがない経営者が多いので、どんな体制が必要になるのかという感覚に欠けている。10億、20億のビジネスをしていた人が新電力を始めて、突然100億円になると、維持することしかできないから、徹底した保守主義になってしまう。これではイノベーションは起こせません。

久保氏:多くの新電力が、マーケットニーズを捉えられていないと感じます。新電力の人と話していても、聞こえてくるのは大きすぎる話ばかり。再生可能エネルギーとか、それこそ「卒FIT」とか。市場の成熟度の問題かもしれませんが。

柏崎氏:新電力事業を始めた1年目はシンプルにやろう、2年目は武器が必要だよ、と順を追って進めていく必要があると感じています。従業員の熟度が上がってこないと、やれることには限りがあります。シンプルな商材を持ち前の営業力で売るところから始めれば、電気のことを少しずつ理解していきます。そうなって初めて、他社と差別化するための武器を考える余裕がでてくる。

小売電気事業者になる必要はあるのか

久保氏:そもそも新電力、小売電気事業者になる必要性は何なのか。もっと深く考えてほしい。

村谷氏:本業の商品力がないなら、電気とセットにしたところで売れるはずがない。なぜ電気がついたら売れる思うのか。ガス会社などは良いポジションにいると思いますが、現時点では電気とガスのセット割引くらい。

 私の考える理想形は、発電と小売りをセットにすること。英国のグッドエナジーのように、ブランディングにマッチした発電所を自分たちで作る。こういう人たちが生き残っていくと思っていた。そうじゃなかったら媒介でも代理でもいいんじゃないかな。

久保氏:その市場は1つ、あると思います。でも、プレミアムでニッチですよね。1兆円にいかないくらいの市場規模かな、と。市場の大部分が小売事業ではないでしょうか。営業力が売りなら、良いパートナーがいれば媒介で十分。取次になる必要もありません。小売電気事業者になるからには、別の意義があるはずです。

柏崎:事業をやる意義というのは、ものすごく重要です。事業をやるときは、まず「なぜこの事業をやるのか」を明確にしないと、すべてがブレてくる。意義を明確にして、従業員にしっかり理解してもらえば、おのずと戦略・戦術が明確になります。

 エフビットの場合は、社是は「和をもって尊しとす」としました。原子力発電所事故があって、太陽光発電バブルが起きた。メガソーラーで儲かった人たちが騒いでいるばかりの電力業界ではく、秩序ある業界であってほしいと考えました。そして、エフビットはその中の1プレーヤーでありたい、と。業界を変えていく会社の1つにしていこうと、社員にも何度も何度も話をしました。

需要家は電気料金の単価に関心がない

久保氏:新電力がベンチャー企業として勝負する以上、人のモデルを真似するのは基本の1つだと思うのですが、今の新電力はあまり真似をしませんよね。例えば、新電力Looop(東京都台東区)の「基本料金ゼロ」というメニューは、分かりやすく、ユーザーに受け入れられましたが、他社は追随しませんでした。Looopがこのメニューを継続しているということは、一部逆ザヤの顧客がいたとしても、それ以上にうまく言っているという証左なんですけれどね。

 全面自由化を迎えて、新電力各社は「基本料金が大手電力の○%引き」「従量料金が△%引き」というアピールをしていましたが、ユーザーにしてみたら電気の単価なんてどうでも良い話だと思うのです。その証拠に、「新規契約でキャッシュバック5000円」というキャンペーンはものすごく当たりました。

 日経エネルギーNext経営塾では、電力業界のみなならず、他業界での成功事例も参考にしながら、自社に合った戦術を自力で作るための方法論を身に着けてもらいたいと思っています。

久保氏:電気の安定性が同じなら、手間がなくてコストが安いというのがユーザーにとって嬉しいこと。例えば、設備の運用保守も面倒みてあげるようなやり方が効果があると思います。複写機メーカーのビジネス展開は参考になります。昔はプリンターを売るのが仕事でしたが、その後はカウンター売りになりました。そして、今ではドキュメント周り、もしくはオフィス周り全体のソリューションを提供するようになっています。

「新電力は短期間での成長が見込める魅力的な事業」と講師陣は口をそろえる

左から久保氏、柏崎氏、村谷氏(写真:的野弘路)

柏崎氏:東電も特別高圧の需要家には、ESCOや省エネのコンサルティングを提供していますよね。省エネや運用保守は新電力にとっても、ビジネスチャンスになると思います。

村谷氏:需要家に最小限のピークカットをしてもらえば、調達改善ができます。新電力事業の収益改善をしたいなら、「調達改善メニュー」を作ったらどうですか、と提案していますが、誰もやってくれません(苦笑)。理由の大半が、社内に省エネ手法を理解させるのが難しいから。やりたいけれど、勉強はしたくない。しかも、自分の顧客の電気の使い方すら見ていない。これこそ、大手電力ができないことのはずなんですが。

柏崎氏:これは新電力の経営者として、すごく悩んだところです。教育の過程なしに営業担当者に「やってこい」と言っても、やれっこない。電気のノウハウがまったくないわけだから。だからこそ、シンプルな商品にして、「まずは1年間、このメニューを売ってこい」とい言いました。その間に少しずつ電気のことが分かってきますから。

新電力事業は決して難しくない

柏崎氏:新電力事業は、そんなに難しいものではないと思っています。日経エネルギーNext経営塾では、ド素人集団だった新電力で売上高を1年で2倍、3倍にできるセオリーをしっかり学んでほしいですね。従業員の教育も含めて、経営現場でぶつかる課題についても、共有したいと思っています

村谷氏:電力市場も、1円単位で価格を予測するのは難しいですが、ざっくりとなら予測できます。例えば、JEPXは大手電力などの余剰電気ですよね。もっとも量が多いのは東電の電気。東電の電気の多くはLNG液化天然ガス)火力発電所で発電しています。つまり、LNG価格の変化を見れば、電力価格も見えてくる。冷静に考えれば、分かるはずなんです。

 ただ、本には書いてありません。新電力事業を運営する中で、伝言ゲームで学ぶものだからです。今回の日経エネルギーNext経営塾では、電力価格を予想するための情報は何か、どうやって情報を入手するのか、どうやって読みこなせば良いのかを徹底的にレクチャーしたいと思います。

柏崎氏:新電力事業は、ちゃんとやれば利益も上がるし、今後も様々な可能性を秘めた魅力的なビジネスです。だからこそ、基本的な知識を早期に身に着けてもらいたいですね。

久保氏:新規参入組にも、勉強すれば身につく知識を早く身につけてもらって、業界全体の底上げに繋がることを願っています。

村谷氏:新電力同士の横のつながりも、もっとあって良いと思っています。そういう点でも、同じような課題に直面した新電力が、共に学び、切磋琢磨する場があるというのは良いことですよね。