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電力会社の競合はAmazonやAppleになる

「電力会社の競合はAmazonAppleになる」、異色の東電ベンチャーが描く電力ビジネスの未来 (1/3)

電グループのベンチャー企業で、住宅の太陽光発電の電力を売買できる「P2P取引プラットフォーム」の実現を目指すTRENDE。フィンテック業界から転身し、同社の代表取締役に就いた妹尾氏にその事業戦略とビジョンを聞いた。

[陰山遼将,スマートジャパン]

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 電力自由化再生可能エネルギー普及を契機に、これまでの電力会社による中央集権型のエネルギー供給の仕組みを、分散型にシフトさせる取り組みが加速している。こうした中で、「P2P(ピア・ツー・ピア)」の仕組みを活用し、住宅で発電した太陽光発電などの電力を、自由に売買できるようにする――といった、将来の新しい電力ビジネスの在り方を模索する新電力やベンチャー企業も登場しはじめた。

 東京電力ホールディングス(東電HD)が2018年3月に100%出資で設立したTRENDE(トレンディ、東京都千代田区)もその1社だ(現在は東京電力ベンチャーズ傘下)。同社は小売電気事業者である同社は低圧向けの「あしたでんき」を供給している。こう書くと一見、東京電力エナジーパートナーなど、グループ内企業と競合するのではないか――と思える。しかし、顧客の“カニバリ”は気にしないという。あくまでも、こうした電力小売り事業は「フェーズ1」であり、見据えるのは電力のP2P取引プラットフォームの構築と、それを活用した再生可能エネルギーの普及だ。その実現に向けて2018年8月1日から次の段階として、無償で戸建住宅に太陽光発電設備を設置する電気料金プラン「ほっとでんき」の提供を開始した。

 東電HDの中でもユニークな立ち位置・ビジョンを掲げる同社だが、経営体制も特徴的だ。代表取締役にはフィンテック業界で名をはせた妹尾賢俊氏とジェフリー・チャー氏が就任。エネルギー業界ではない異業種からの転身である。

 今回、同社の妹尾社長にTRENDEが目指す電力のP2P取引プラットフォーム、そしてその先にある、これからのエネルギービジネス対するビジョンを聞いた。

TRENDE 代表取締役社長の妹尾氏

TRENDEが目指す電力のP2P取引プラットフォームとは?

――TRENDEが目指す電力のP2P取引プラットフォームについて、具体的に教えてください。

妹尾氏 住宅などの太陽光発電で発電した電気を、電力使用状況に基づいて蓄電したり、他の住宅に売ったりといったことができる取引プラットフォームを提供したいと考えています。この仕組みによって、再生可能エネルギーの普及を後押ししたい。

 このP2Pプラットフォームの実現に向けては、3つのステップを考えています。

 まず、フェーズ1として2017年から純粋な小売電気事業である「あしたでんき」を提供し、フェーズ2として、いわゆる太陽光発電の第三者所有モデルである「ほっとでんき」の提供を開始します。ほっとでんきは、無償で住宅屋根に太陽光発電システムを設置する仕組みで、契約期間は10年と20年が選べる。契約期間中、20年契約の場合は既存電力会社の従量電灯より20%引き、10年契約の場合は10%引きで電力を供給します。契約期間が満了すると、設置した太陽光発電システムはユーザーに無償で提供します。

 その後、一定水準まで太陽光発電や蓄電池などの分散電源が普及した段階で、住宅同士で電力をやりとりできるP2P取引プラットフォームを提供し、再生可能エネルギーの普及を後押しする。これがフェーズ3でありゴールです。

 住宅の太陽光発電というのは、10年くらい経過すると蓄電池を活用した自家消費型にシフトしていきます。これが最終的に目指すP2P取引プラットフォームへの布石になる。ほっとでんきでは、当初から蓄電池を設置することも可能ですが、本格的な提供時期は、もう少し価格の低下が見込める数年後と考えています。

――フェーズ1や2で獲得した顧客のデータが、ゴールであるP2P取引プラットフォームの実現に生かされるということですね。

妹尾氏 そうなります。小売の部分だけをみると、東電HD内の事業者と競合するのではないかと見られるのですが、あくまでもフェーズ1や2は、P2P取引プラットフォーム構築のためのステップであって、最終的なゴールが違います。

――再エネの普及に伴い、日本国内でも電力のP2P取引などへの注目が高まっています。もう少し具体的に、TRENDEではどういった仕組み、サービス内容の提供を目指しているのでしょうか。

妹尾氏 先ほどもお話したように、電力のP2P取引プラットフォームというのは、住宅の太陽光発電で発電したり、蓄電した電力を、ユーザーが直接売買できる仕組みです。しかし、こうした売買をユーザーが自ら行うといった仕組みは考えていません。われわれのP2P取引プラットフォームを利用すると、自動で最適に売買が行われ、ユーザーが何かを意識したり、強制させたりすることなく、自然にメリットを享受できる――というようなユーザーエクスペリエンス(UX)を実現したい。

 そのためにはとにかく、P2P取引プラットフォームをユーザーの生活の中に、自然に溶け込ませることが必要になる。そこで大きなカギを握ると考えているのが、エージェントです。エージェントというのは、スマホスマートスピーカー、ロボット、電気自動車(EV)など、さまざまなものが考えられます。

 これは例えばですが、ソニーの「aibo」のような家庭向けのロボットや、AmazonAppleの販売しているスマートスピーカーが、家電を制御したり、電力使用状況などを把握したりするエージェントになっているとします。ユーザーがこうしたロボットやスマートスピーカーを購入すると、そういった製品の裏側に、付帯サービスとしてわれわれのP2P取引プラットフォームが付いている。すると、結果的に住宅の電気料金が安くなったり、売電収入が得られたりする――といったイメージです。

 「電力のP2P取引プラットフォームを提供します!利用すれば月々いくらお得になります!」といったメッセージを発信し、顧客に“乗っかってもらう”という姿勢では、普及は難しいと思う。そうではなく、電力サービスの窓口としてユーザーの生活に溶け込むエージェントの選定、実はこれが電力のP2P取引プラットフォームの普及において、一番の肝だと考えています。

 Amazonは、ワンプッシュで商品を注文できる「Amazon Dash Button」やスマートスピーカーの「Amazon Echo」を販売していますよね。あれって、とてもうまく宅内や生活の情報を収集するエージェントを送り込んでいる。電力販売、P2P取引プラットフォームの普及においても、こうしたシナリオを考えていく必要があると思っています。

――エージェントとなるハードウェアを、自社で開発するという可能性もあるのでしょうか?

 可能性はゼロではないですが、優先順位としては他社との協業の方が高いです。エージェントが関しては、すでに複数の企業と話を進めているところですが、まださまざまな可能性が考えられる段階です。

――電力のP2P取引プラットフォームの構築において、技術面ではどういったものが必要になるのでしょうか。

妹尾氏 まずは、電力の需要と供給を必ず一致させ、マッチングする技術です。そのためにはしっかりとした需要予測とデータの収集・分析を行い、さらにその結果に基づいて正確に蓄電池などの充放電制御を行わなくてはいけません。

 加えて、誰から誰に、どのくらいの電力を売ったかを記録し、それに沿ってしっかりとお金が支払われる仕組みも必要になる。売買の記録・履歴の管理に関しては、ブロックチェーン(分散型台帳技術)が有用だと考えていますが、あくまでも手段の1つとして捉えています。精度が出なければ、別の方法に切り替えることも十分にありえます。

――現状の法制度では、電力の住宅や個人が電力のP2P取引を行うことは難しいと思います。その辺りについては、どう考えているのでしょうか。

妹尾氏 もちろん、法制度の改革も必要になります。特に問題となるのが小売電気事業者の定義に関する部分と、託送料金の問題です。前者については、ユーザー個人が電力を販売するようになった場合、その人は小売電気事業者として扱うべきなのかという問題があります。

 後者については、現状の託送料金の仕組みだと、遠方の発電所から住宅に電力を届ける場合と、近所の住宅に電力を販売する場合で、同一の料金が課されてしまうという点が課題です。これだと電力のP2P取引はビジネスとして非常に難しい。

 実は電力のP2P取引プラットフォーム開発を手掛けるベンチャー企業を設立するにあたって、東電HD傘下を選んだ理由には、東電側にいればこうした法制度の改革についての意見を聞いてもらいやすいのではないかなという狙いもあります。また、P2P取引プラットフォームの実現に向けては、他社の協力を得たPoC(概念実)が欠かせない。その際に、われわれと組む相手方の企業や組織も、“東電の看板”が合ったほうが乗りやすいのではないかな、と(笑)。

 P2P取引プラットフォームについては、2019年度に自動車メーカーなどと共同で、実際の住宅を使った実証実験を行う予定です。それらの結果をベースに、「こういう風に制度に変われば、この再エネ普及を後押しする仕組みが日本に広がっていく可能性があります」といった提案をできるようにしたいと思っています。法制度の改正も含めると、最短で電力のP2P取引プラットフォームが実現するのは最速で2021年くらいではないかと見ています。

――P2P取引プラットフォームが完成した場合、東電HD内のサービスに統合するのでしょうか。

妹尾氏 われわれのプラットフォームは、現時点でクローズドなものにすることは考えていません。電力会社だけでなく、それ以外の事業者にも参加してもらえるよう、オープンにしていきたい。囲い込まない方がいいと思っています。

「ライバルはAmazonApple

――従来のビジネスモデルの場合、電力のP2P取引などが可能になり、需要家側がエネルギーを効率よく利用すればするほど、利益が低くなるのではないかと思います。TRENDEではそうした“もうけ方”の部分について、どのように考えているのでしょうか。

妹尾氏 実はわれわれは電気やモノを売ってもうけようとは考えていません。今後、さらに再生可能エネルギーなどの分散電源が普及すればするほど、発電の限界費用がゼロに近づいていくことになる。その時に、「電気を売って稼ぐ」というビジネスモデルは成り立たない思っています。さらに踏み込んで言えば、「電気を売る」というのは何かのサービスや、他の付加価値を提供するきっかけ、接点という位置付けになっていくと思う。

 では、何が収益になるのかというと、それはデータだと思っています。電力の使用状況といった情報は、生活の情報を反映している、非常に価値の高いデータです。生活や消費行動という観点では、Amazonなどが集めている購買履歴などの情報より精度が高く、ここでしか手に入らない情報といってもいい。

 なので今後、「電気を売る」というビジネスは、電力の提供を通して得られるデータを収集・分析・加工して、新しいビジネスを作っていくモデルに切り替わっていくと考えています。金融業界が「決済サービス」を提供しているように見えて、実はデータビジネスを行っているのと同じですね。まだ具体的なことは言えませんが、ゆくゆくはTRENDEもデータビジネスが収益の中心になっていくでしょう。

――事業を通して得られるデータが武器になるとする場合、ビジネスとしての競合はエネルギー業以外の業種・企業になるとも考えられますね。

妹尾氏 そうですね。電力を売るというビジネスの本質的な競合というのは、実は他の電力会社ではなく、AmazonAppleGoogleのような企業になると考えています。つまり、われわれもデータドリブンな企業でなくてはならない。TRENDEは既に社員の半数以上がエンジニアです。今後も採用の中心はエンジニアになっていくと思います。

――エネルギー業界はドメスティックともいわれますが、Amazonなどの海外企業が参入してくると考えた場合、既に日本国内で事業を展開していることの優位性などは感じますか。

妹尾氏 それは全く感じないですね。電力会社は発送電分離によって、発電・送配電・小売の3つ分かれますよね。その中で、電力の供給を担う送配電部門というのは公共性が高い領域なので、今後の多くの企業がよりフェアに利用できる方向に変わっていくでしょう。こうしてインフラが公平に利用できるようになったところへ、豊富な資金、サービス力、さらにユーザーのさまざまなデータを取れる、持っている企業が参入してくると考えると、非常に怖い。というわけで、国内事業者だから有利、というようなことは全くないと思います

――金融業界からエネルギー業界へ転身し、TRENDEの設立に至った経緯を教えてください。

妹尾氏 私は1997年に社会人になってから、20年ほど金融畑で過ごしてきました。2007年までの10年間は東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に努め、その後、日本で初めてソーシャルレンディング事業を手掛けるmaneoを創業しました。その後、2013年にブロックチェーン開発ベンチャーOrbを創業して、現在に至ります。

 こう見ると、TRENDE、エネルギー業界への転身というのは全く脈略が無く見えるのですが、私の中では「ヒエラルキーのある業界が分散化に向かう」という点でつながっています。

 ソーシャルレンディング事業を行っているmaneoは、金融という観点でもっと中小企業や個人の役に立つ金融サービスを提供したいという想いで創業しました。でも7年ほどmaneoをやって、ふと「自分は金融商売をやっているけど、現金に触ったことがない」と気付いたんです。そう思っていた矢先に、仮想通貨の「ビットコイン」と出会って、面白いと思った。さらに仮想通貨の背景を探っていくと、そこにはブロックチェーンという技術がある。こうした技術を活用すれば、日本銀行一極集中の金融ビジネスを市場化できるのではないか――という可能性を感じ、Orbを創業しました。

 その後、2017年2月にウィーンで開かれた「Event Horizon」に参加したんです。これは、グリッドシンギュラリティという欧州のブロックチェーン事業を手掛けるベンチャーが主催するイベントです。そこで、まだ概念実証(PoC)のレベルではありますが、実際にブロックチェーンを活用して電力取引を行っている事例を見て、大きな感銘を受けたんです。

 私がこれまでいた金融業界とエネルギー業界は、業界構造の点で類似する点が多い。金融業界は日銀を頂点とした強固なヒエラルキーがありました。でも、それが仮想通貨やブロックチェーンの登場によって、業界の構造が逆転するような、大きなゲームチェンジが起きはじめた。低金利による低収益に悩むメガバンクが、こうしたテクノロジーの登場に危機感を感じはじめたんです。金融庁規制緩和もあり、今ではメガバンクフィンテック事業を推進していますよね。さらに業界内に多くのベンチャーが登場し、これまでになかった市場競争が生まれはじめています。

 エネルギー業界もこれまでは非常に中央集権的な構造だったと思います。しかし、電力の自由化によって新たな市場競争がはじまっている。その中でブロックチェーンを活用し、P2Pなど非中央集権型のエネルギー供給の仕組みを作っていくというのは、非常に面白いのではないかと感じたんです。

 技術が成熟し、当局が競争を促すようになれば、金融業界で起きたゲームチェンジが、必ずエネルギー業界でも起こるのではないかと感じています。